gallery Main新進作家展 in 台湾DM裏面

【gallery Main新進作家展 デレクション中澤有基】 「内倉真一郎×横山隆平 Photo Exhibition in Taiwan」 ・gallery:關於綠光+marüte ・日時:2016年10月7日(金)ー10月17(月)14:00~19:00 ・10月7日(金)18時トークショー&ポートレート撮影イベント開催 ・住所:關於綠光+marüte (台中市中興一巷2號) ・Mail:gr2marute@gmail.com ・TEL:+886 4 2301 6717

内倉真一郎×横山隆平 Photo Exhibition in Taiwan

「内倉真一郎×横山隆平 Photo Exhibition in Taiwan」 台湾で写真展開催します。10月7日(金)ー10月17(月)START 「關於綠光+marüte gallery」台湾で写真展開催。 gallery Main新進作家展による、中澤有基氏ディレクションの企画展です。 宮崎の写真家 内倉 真一郎×東京の写真家 横山 隆平による、 モノクロで街を鋭く切り取る2名の写真家が都市のスナップを展示します。 彼らが捉える光と影は懐かしく新しい。 内倉は10月6日〜8日まで台湾に在中。 【gallery Main新進作家展 デレクション中澤有基】 「内倉真一郎×横山隆平 Photo Exhibition in Taiwan」 ・gallery:關於綠光+marüte ・日時:2016年10月7日(金)ー10月17(月)14:00~19:00 ・10月7日(金)18時トークショー&ポートレート撮影イベント開催 ・住所:關於綠光+marüte (台中市中興一巷2號) ・Mail:gr2marute@gmail.com ・TEL:+886 4 2301 6717 ・写真家 内倉 真一郎 HP http://www.uchikurashinichiro.com ・写真家 横山 隆平 HP https://yokoyamaryuhei.amebaownd.com ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ↓以下、両作家のステータメント&プロフィール↓ ●写真家 内倉真一郎【ステートメント】 大切な思い出、バラバラのコサージュ、見つけては、記録していく。日々

さくら

9月23日 晴れ。 風邪をひいたと思い急いで夜間病院に娘を連れて行った。 嘘のように熱は病院に着いた瞬間なくなりピンピン元気になっている。 僕は急いで病院に行く前に水分が倍とれるポカリスエットを二本買った。 一本キンキンに冷えた状態で残っている。迷ったがゴクゴク飲んだ。うまい。 うまい。美味い。美味い。食べ物。食。食だけど僕は朝、昼絶対に食べない。 いや、食べれないのだ。これも写真のせいかもしれない。 何故、朝、昼、食べないのか書き出したら凄いことになるからやめておく。 さて、犬だ。実は絵画から写真を始めた僕は「動物」をシリーズ化したことはない。 きっかけはコニカミノルタステータメントにも文章記載しいているが、 僕のスタジオの近所に小さなブルドックが小屋で飼われている。 気にすることもなくスタスタ歩いたのだが「ワンワン」と聞こえる。 振り返り、目を合わせると犬は更に「ワン!」と威嚇をSTARTしたのだ。 私は飼い主の人間にDM&写真集を渡した。とてもとても、喜んでくれた。 そこから先は↓を見てくれたら記載している。 http://www.konicaminolta.jp/plaza/schedule/2016september/gallery_a_160906.html シリーズ化したベストコレクションの犬達は、「犬の戦士団」となる。 KYOTOGRAPHIE(京都gallery Main)からスタートし、コニカミノルタプラザ(新宿)。 KG+ではプリントの大きさは2メートル程で、 その犬(ブルドック)の大きさは50cm程。 その犬は「さくら」という素敵な名前があり、人間でいう

犬様

9月19日 台風 おい内倉。私だ、あの時の犬だ。 マイナス100度の太陽だとか、随分君はセンチな奴だ。 私はプラス100度の大地の中でもベロ出してハァハァ生きてやる。 君が書斎なら私は鎖付きの小屋だ。 私、私、私、私事をいつまでも、 君が思っている以上に、君のことは誰も気にしていないのだ。 この私を君は見たはずだ。 私は好きな時に思う存分に吠えるし威嚇をする。 可愛い人間の躾はいつでも無視できるさ。 その時はいつでも、どこでも小便と糞をしてやろう。 私の祖先は狼だ。 そんな私を君に少しだけ見せてやったはずだ。 そして撮らせてやったはずだ。 私は感情で生きている。 君のように生ぬるくないのだよ。 なんだ?ん?君も少し似てるのか? もっと感情で生きてみろ。 犬様メッセージ 「犬の戦士団」より1枚抜粋。

マイナス100度の太陽

9月17日 ニガウリが育ち台風来そう。 四畳半の三角座りの孤独ではなく、 四畳半に宝物が詰まっている僕の書斎。 仕事を終え食事をし、風呂に入り娘が寝ると書斎に入る。 「いつ作品撮ってるの?」「疲れない?」「何処にそんな時間あんの?」 これは商業ベースのカメラマンからよく言われる。 それがまた、まるで疲れないし、24時間撮っている。 むしろ写真が一分一秒と体にいない方が僕は情緒不安定になる。 一分一秒を最も加速する場所は、 「撮影の現場」「プリント&レタッチの現場」 「発表の現場」「書斎」になる。 自分の作品群に囲まれ、尊敬する作者に囲まれ、 またはライバル心。それは最も集中力を増す場所であり、 もう一つの写真の現場になる。 この現場で夜中一人の地方の男は、PCに書き書きとしているのだ。 このような地方の男を客観的に見たら、 たまには同級生と呑みにでも行ってこいよ!と言いたくなる。 だが、ここで見る本、作品、映画、音楽、思想、止まらない。 話がガラリと変わるけど、 最近では懐メロを聞きすぎてる。 そうだ、そう、そうなのだ。 「涙があふれる悲しい季節」は分かるけど 「マイナス100度の太陽みたいに」を教えて。

かすれていく

9月13日 曇り 下痢のような騒音のマフラー+大日本帝国のヘルメット。 何も意味のない走りだからこそ暴走族。 僕は配達が好きで車内の今日のお気に入りは「夏をあきらめて」研ナオコである。 1980年に発表された曲で僕はまだ生まれていない。 なんて素晴らしい曲なんだ、聞くならこの季節しかないだろう。 車の窓を全開に開け、100円で出汁をとっているアイスコーヒー+セブンスター。 曇り空の僕の町は心地よい風。町並みを見るとなんて美しいただの町並み。 運転をしながらコンデジでスパスパとシャッターを切っていく。 嗚呼、素敵じゃないか。こんなにも気持ちの良い季節。 そんな事は、お構いなしに僕の隣を暴走族は駆け抜けていき、 研ナオコは更にかすれていく。 まあいいじゃないか。僕はもう大人なのだ。 だが次の瞬間にもっと暴走する方がいた。 ノーヘルおばあちゃんは更に自由。 いいじゃないか。素敵なんだから。

まるで思春期

9月10日 晴れ 「あなたはすぐに写真を撮りたがる あたしは何時も其れを厭がるのだって写真になっちゃえばあたしが古くなるじゃない 」 このような歌詞を思い出すのは久ぶり。 京都国際写真祭個展終了後「犬」から「狩り」を始めた。 そうだ。もともと僕はセルフポートレートから始まった。 スナップ(狩り)は2008年新宿・大阪Nikonサロンでの個展以来になる。 その狩りは最後の狩りだった。6年間住んでいた東京で急遽宮崎に戻ることになり、 僕は真っ先に最後の新宿ストリートスナップを2ヶ月間集中して開始した。 ストリートに、さよならと決意したのだ。 それからは「肖像」「人間図鑑」「佳子」「犬の戦士団」とシリーズが続く。 そして今、再びスナップ(狩り)を宮崎で始めている。 空、カニ、時計、魚、ひまわり、海、馬、犬、猫、 子供、池、人形、葉っぱ、花、父、影、全ての生命体。 まるで思春期。まるで反抗期。 まるで四畳半の片隅で三角座りのような気分。 いや、まるで尾崎豊の金網に倒れタバコをふかすシュール&究極のナルシズム。 ・6月「しみったれた」文章記録 夜中に一人書斎にこもると、あまり良い事はない。 ありもしない悲劇を考えたり、不平や、不満がチラチラ出てくる。 だが、朝起きると何事もなく気持ちはすっきりしているのだ。 間違っても、誰もが情報を共有できる世界で、 しみったれた文章をFBなどに書くべきではない。 でも、新たなる表現の一つとして、 文章と写真で表現し、 撮り下ろしの作品をこの隠れ場のような、 FB&ブログで発表して行くつもりだ。 ・7月「分離と融合」文章記録 大切な思い出

鏡越しの美しさはモノクローム

9月10日になりかけの夜。 コンビニの店員は外国の方で「いらっしいませ、ありがとうございます」は言わない。 居酒屋の客引きも厳しくなり、歩きタバコも更に厳しさを増し、 いつの間にか黒人のキャチも更に増えた、様々な人種が住み暮らす。半年ぶりの新宿。 僕は個展搬入時間を目前に、相変わらずMy Wayを聞いていた。 コニカミノルタギャラリーに入るとガラリと違う空間。 三人の作家とコニカミノルタの方々、フレーム&照明の方々。 その賑やかさは実に心地よく、今年いよいよ35歳になる中年おっさん化した僕には、 歌舞伎町で呑むよりも、新宿でショッピングするよりも、何よりも楽しく素晴らしい空間。 事前に展示レイアウトを決めていても現場に来たら展示レイアウトはもちろん変わる。 照明も変わるし、椅子を置くか置かないかだけでももちろん悩む。 音楽は消し、椅子も外す、蛍光灯は消し、スポットのみ。 生き生きと展示されガラスに入れられた作品には僕が映り込む。 それだけで十分だった。 僕はいつも個展の時に思うのだ。そしてギャラリストの方に言うのだ。 「この場所は我が城ですよ。ここに布団を引いて泊まりたいし誰も入れたくない」 作品に囲まれた空間は書斎、酒、高そーな服に食事、高級車、そんなもの話にならない。 作者にしか分からない究極のマイナスイオン?いやそれに例えておこう。 作品が僕を離れていき最も輝く。 そうなると作者の僕はもうギャラリーにいなくてもいいような気すらする。 コニカミノルタの担当の方の暖かさ、全てが美しく、 次の作品のインスピレーションの場でもある。 搬入が終わった夜の新宿は騒がしさなど、どうでも

Phorograph in the Street

9月9日 宮崎戻る。秋晴れ 新宿コニカミノルタ個展開催同時に、僕は渋谷であることをしていた。 7月瀬戸内国際写真祭より野外展示の素晴らしさを感じ、 現在も展示させていただいているが、更に飢えが始まる。 その「飢え」とは写真家にとってもっとも大切な「心臓」の部分で、 「飢え」=「打つ」=「紙」=「見せる」になる。 その飢えと共に活動できたのは写真家横山隆平氏。 ストリートスナップを撮影し続けている写真家。 僕は横山氏と瀬戸内の開催に至るまで、 また、開催後から様々な「夢」を語っていた。 内容は実にロックで、もっと自由な発表媒体。 それはごく自然なところにヒントがあった。 写真はもちろん光で出来ている。 ではその「写真」=「光」を撮る場所はどこなのか? それは私たちが普段住んでいる 何気ない街並み、旅行、カフェ、全てだ。 全ての生きる環境の現場で写真作品を撮っている。 その現場から切り抜かれた写真群はどうなるのか。 コンペで賞受賞しました。 素晴らしいgalleryで個展を開催しました。 美術館で開催しました。 作品を洋服に、バックにプリントしコラボしました。 出版しました。 SNSで発表してます。 どれも素晴らしい発表媒体だしなかなか出来る事でもない。 だが、更に写真家、美術家、評論家、出版社、ギャラリスト以外、 誰もが作品を目に入れる手法はないのか? その手法は、私たちが生きている環境の現場である。 そうなると写真は自由に駆け巡る。額すら邪魔だ。 渋谷に数百枚の枚数で突発的に現れ、 数万人に見られ、自由に雨に打たれ、風で飛ばされ、 ガムをつけられ、携帯で撮られ、欲しい人は剥がし

コニカミノルタ「犬の戦士団」個展開催

コニカミノルタフォトプレミオ受賞作品「犬の戦士団」個展開催中。 【コニカミノルタフォト・プレミオ受賞&個展開催】 ・内倉真一郎「犬の戦士団」個展開催 ・開催場所:東京都新宿区新宿3-26-11  ・コニカミノルタプラザ・ギャラリーA ・開催日:9月6日(火)〜9月16日(金) ・開催時間:10:30〜19:00 ・内倉真一郎滞在は9月5日(月)〜8日(木) ・TEL:03-3225-5001 ・無休・入場料無料(最終日は15:00まで) ▪︎コニカミノルタHP http://www.konicaminolta.jp/…/2016sep…/gallery_a_160906.html ▪︎内倉真一郎HP http://www.uchikurashinichiro.com 協力web:日本写真映像専門学校 http://www.shasen.ac.jp/cms/topics/002748/

コニカミノルタ審査員作品講評

【コニカミノルタ審査員による作品講評】 ■内倉真一郎「犬の戦士団」 犬を撮った作品ですが、通常の犬の写真とはちょっと違う、たいへん勇ましい、すこしオドロオドロしい犬の姿がここには記録されています。 「“犬は犬だ”というか、こうした動物の擬人化ということに対する反発や疑問というのが作者の中にはあると思うんです。“人間が飼いならし、家畜化してきた”という犬に対して、飼いならしきれない部分を作者が見ていて、そこに視線をむけているところが面白いと思いました」 「獣としての犬というところに共感してはいるものの、鎖につながれていたり檻に入っていたりするので、必ずしも野性がそのまま発揮されているわけではないですよね。そこばかりを強調するのではなく、あくまでも人のそばにいる犬としての犬を撮っているところがいいなと思いました」 愛玩犬から少し大型の犬まで、いろんなタイプの犬に注目していて、撮り方もいろんな視点から撮っていますね。 「人間がまったく登場しないというところもとても面白いなと思いました。犬に密着しているというか、犬そのものに迫っていて、しかも光の使い方がとても巧みなので、写真映像としてもたいへん魅力のある表現になっていると思います」 【コニカミノルタHP「作者の制作現場」抜粋】 ■作者コメント 「犬は約1万5000年前、東アジアで家畜化されたオオカミといわれている。人間の手によって作り出された家畜化の動物群であるのなら、 犬本来の凄味は何か。犬本来の威嚇、攻撃性は人間の躾によって抑えられ、様々な人間社会での仕事をこなすペットとされる。 だが本質は何か。近所の犬であろうが、野良犬であ

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