カラカラカラ

11月30日 夜晴れ 毎朝は淡々としていながら、毎朝違う光景と情景。2年前。少しの寒さと暖かさと、ピンク色のお花が空からヒラヒラと落ちてくる季節に、僕はある女性と子供を目にした。未だに話したことはない。小さな乳母車をドシドシとすごいスピードで保育園に連れていく光景。その子供は笑顔だったり、泣いていたり。意識してみているわけではないが、最近2年目にしてようやくその男の子は乳母車から離れて、そのママさんと手を繋ぎながら寒い早朝に歩いて向かっている。僕はマイウェイを聞きながら信号待ちに、その光景を見る。そして先週。その男の子はママと同じスピードで歩いている。貧相とか、可哀想とか、そんなんじゃない。 僕はとてもその男の子がとても力強く見える。ある朝、靴箱で初めて同じになったものだから僕は初めて声をかけてみた。「かっこいいドラゴンボールの靴だね!」男の子は「そうだよ!」と、元気よく僕に返事をしてくれた。スーパーサイヤ人孫悟空の表情は誇らしげに泥んこまみれで、少しだけ破けていた。 とても思い出してしまう。とてもとてもとても。思い出してしまう。僕が小さな頃の記憶は「写真」で残っている。小さな家で、歩くと床がミシミシと音を立て、崩れるんではないか?そんなヒヤヒヤと楽しいボロ屋の記憶。 姉が自分の誕生日でハシャギすぎて友達が呆れて帰った記憶、 そんな姉はお肉屋さんでお肉を注文するのが恥ずかしくて僕に言わせていた記憶。 ばあちゃんが商店街で「しんちゃんおかえり」と100円玉をくれ、うまい棒を9本買った記憶。父と母は二人で写真屋さんを独立したての時代だ。ほとんど一緒に遊んだ記憶がない、そんな父はとん

そんな娘はレモンジュース

11月29日 晴れ 明日、30日は今月初めての休みを明日頂く。忙しいは使わない。前にも書いたが心を亡くしてまでする仕事は絶対に良い仕事は出来ない。僕はスタッフのケイスケにそう教えている。アシスタント時代に尊敬する写真家にそう教わったからだ。なので「忙しい」ではなく「賑やかで、少しバタバタしてます」この言葉が素敵だ。だが、他の人の疲れ、励ましを送るのであれば「忙しそうだけど大丈夫かい?」と言ってあげるほうだ。 さて、明日は休みだーっと。浮かれていても今日はある会議で自宅に着くのは遅かった。しょうがない。ケリをつけるためだ。編集室で残業しているケイスケが気になりスタジオに少しより、家に戻り妻が作った暖かいご飯がある。そして「パパおかえり」と言う娘がいて、オギャーとなく息子がいる。「あ、TSUTAYAに映画借りに言っていい?」と。僕は久々に映画を借りた。TSUTAYAに行くと芥川賞作家の「コンビニなんちゃら。。。?」とかいうタイトルの小説?がちらりと目に入る。コンビニで文を書くなら僕も負けない。そんなことを5秒思いながら、映画を借りる。閉店間近のTSUTAYAではスタッフの方が「あざーっす」と普段絶対に使わないオフモードな口調で雑巾掛けをしていた。別に構わない。素敵だ。 書斎に入ると作品を突き詰める時間に突入する。僕は4歳の娘にこう聞いた。 「ももちゃん、パパの作品はどうだい?」 「これ、怖い。これ不思議、これ悲しい、ねえ。パパお仕事の写真はとっても素敵ねぇ」 4歳の娘はすでに「お客様の写真」と「自分のための作品」の区別がつき始めた。 そんな娘はレモンジュースを最近僕に作ってくれて書

犬の戦士団SAKURAその後

11月18日 過去に戻る 僕は久し振りにSAKURAに会いに行った。 どしりと威嚇する様子はなく、小屋の片隅でくるりと可愛い瞳をし、 うずくまり、曲がり掛けた首と、かすれた鳴き声だった。 さて、SAKURA。君から「犬の戦士団」が始まったのだ。 だからこそSAKURAを悲惨に、可哀想に、ましてや可愛く、、 撮影するつもりは全く、まるで、まるで、さらさらない。 小屋から出てくる君を僕はじっと待ち、ノシリと出てきた瞬間、 相変わらず僕はソルジャーのように這いつくばり、洋服は土まみれ、 そして君を見上げた、そして君は僕を見下ろす。 クールな写真が撮れたじゃないか。 生きていくのだ、カッコよく、美しく、最もクールに。 すべての生命体が狂おしい程に切なく感じる瞬間は、 絶好の写真家生命の継続と、 前も後もない永遠の写真日和だ。 撮り下ろしWEB発表 2016最新作2「分離と融合」より「犬の戦士団SAKURAその後」一枚抜粋。

カチ。カチ。カチ。

11月26日 晴れ。 この爆弾をブチ込まれたような気持ちはなんだ。スナップ(狩り)と同時進行で現在、最新作に取り掛かっている。この最新作に関しては完結するまで一切、WEB上では見せない。 さて、この作品をどう産み出していこうか。その新作の撮影期間は1ヶ月以内という限られた理由がある。それは発表した時に納得いくものだろう。決して焦らず、凛とした気持ちと、一歩も二歩も客観的にその被写体と向き合いながら、一歩も二歩もぐっと入り込んで撮影をしている。 僕が他の写真家と違うのは作品が年ごとにガラリと変化するところだ。ただし一貫したテーマ、コンセプシャルな部分に変わりはない。いつまでも聞こえてくる「カチ。カチ。カチ。」と、小さな音が小さな脳に響いてくる。まさにそんな時は一気に爆発させる。 この感情、感性、全ての細胞を使ってカメラという単なる物(手法)で、永遠なる作品を産み出していく。その作業は僕が支配されるか、僕が支配化になるのか。 撮り下ろしWEB発表 2016最新作2「分離と融合」より「花火」一枚抜粋。

公益社団法人 日本写真協会 会報

公益社団法人 日本写真協会 会報 2016年・467号 PSJ / The Photographic Society of Japan 2016年9月に個展開催をしました、 新宿コニカミノルタプラザ会場にて、 作品「犬の戦士団」を取材していただきました。 購入先↓ 〒102ー0082 東京都千代田区一番町25 JCIIビル 1冊400円 TEL:03ー5276ー3585

Hello Avedon

11月23日 一息な1日 そろそろクリスマスだ。ツリーを飾らなくては。ツリー、サンタクロース、雪だるま。飾りが終わり子供が満足して満足。せっかくだから記念に撮っておこうと思ったら、ある作家を思う。思い出し、想う。小さなツリーのキラキラとした光+作品が美しい。 僕には尊敬する作家が10名いる。そのうちの一人は、「先生、蜂だらけですよ」16年前。写真専門学校時代。衝撃的な写真家の作品を目の当たりにし到底かなわない写真家Richard Avedonを知る。 Alvedonはファッション写真の革命家(アレ、ブレ、ボケ、対比の美学)で一気にデビュー。でありながら、写真作家としてもビジネスと作家が、最もリンクした世界的に著名な写真家の一人。 エッフェル塔に美しいヒールの靴。 馬鹿デカイ象と細くエレガントな女性。 真っ裸で蜂だらけの男性。 Marilyn Monroeのmediaには決して見せない一瞬の表情。 「飼い犬が今死にましたよ」と、嘘をつきその時の夫婦の一瞬。 きわめつけは父親を徹底的に落とし込んだ、 悲劇的でもある何か挑戦的なPortrait。 個展では被写体の等身大をはるかに超える巨大プリント。 被写体の内面どころか、自分の世界に徹底的に引きづり込むその作風は、現代の作家の中でも、なかなかいない。僕も影響を受け、徹底的に学び、シリーズ「肖像」「人間図鑑」のきっかけになった。 2004年9月25日テキサス州サン・アントニオで、 ザ・ニューヨーカー誌への写真を撮影している最中に脳内出血で倒れ、 10月1日に同地で死去。 死に様まで最高にカッコイイ写真家だ。 とてもか

飲み口にシール

11月21日 過去に戻る 「そんな時代もあったねといつか話せる日が来るわ。あんな時代もあったねときっと笑って話せるわ。」 さて、このような歌詞を記載しても、僕は四畳半の片隅で三角座りの、ジージャンに盗んだバイクの孤独な少年ではなく、パジャマなど洒落た言い回しでもなく、寝巻きを着てスタジオの編集室で「時代」を聴きながら「残業」をしている35歳のただの男だ。 僕の人生は最高なんだけど、もう一つの道があったなら、 ろくでもない道だろうといつも思う。 道をひらすら見つけるのではなく、創っていくのが/写真=道/だろうな。 全く「残業」しているとこうなる。こうなると言っても、 僕のどうでもいいだろう文章はいつも約5分程で書き終わる。 なので誤字脱字も多い。5分で1日の文章記録をするのだから、「よほど」だ。 その「よほど」はいつも行くコンビニで一息「飲むヨーグルト」を購入したんだけど、 いつも接客で尊敬しているあるコンビニの店員さんは初めて間違いをした。 飲むヨーグルトの飲み口にシールを貼った。別に構わない。 気がつかないふりをしながらそのシールをゆっくり剥がし、 「今日は疲れているんだろうなぁ」そんな事を思いながら、 再び僕は集中して「仕事」をするのだ。 そして、少しでも時間ができたら一気に作品撮りをする。 もちろん僕にはブレーキはなく、アクセルしかない。 作品「肖像」より一枚抜粋。

青春をし、恋をし、結婚をし、

11月17日 ひどい頭痛。 ギラギラと光るカフスボタンからは更にギラギラと光るダイヤのロレックスサブマリーナ。 目が痛くなるストライプのスーツに、カメレオンのようなネクタイ。 クロコダイルのセカンドバック。髪型は角刈りにも似た茶髪を少し超えた金髪。その髪質とは真逆に名刺の紙質は実にシンプル。 きつい話だ。「素晴らしい話だから是非、聞いて欲しいの!」初対面のおばあちゃんは僕の知人との知り合いらしい。確かに知っているようだ。すぐに帰すわけには行けない。 本当ならこの手の話は数秒でお断りなんだけど、その男性と「ある話」を僕にする。 話を聞かないとおばあちゃんの震えた指先のルビーが飛び出て僕に刺さりそうだったので少し耳を貸す。いや結果、耳は貸さなかった。僕はおばあちゃんが満足するように、出来る限りの対応をしてあげた。ギラギラカフスボタンが話す表情を見る。姿勢の良さは一級品で地方の年配の方々がよく騙される「あの話」だ。 iPodで素人以下の漠然過ぎるプレゼンをされる。僕はどうしようか考える。 考えるのはこの見知らぬおばあちゃんに「ある話は話でもなく最初から最後まで何一つ無い」という事実を教えてあげるか迷う。しかし、カメレオンネクタイは僕が既に怪しんで話を聞くつもりは無いと判断したのか、無理な話をしなくなった。 だが、おばあちゃんは必死に食い下がるのだ。 きつい気持ちだ。オギャーと生まれ、青春をし、恋をし、結婚をし、子供が生まれ、孫の顔も見て、最後にロレックスサブマリーナダイヤ付きに、洗脳から支配下になるのだ。 仕事もある。もうこれ以上話は聞けない。出来る限り気持ちよく返してあげようとする

お月様が追いかけてくる

11月13日 少の過労。晴天。 「夜、口笛を吹いたら蛇に襲われるわよ」そんな記憶が少しある。 僕は多分、記憶が薄い爺さんタイプかもしれない。 同級生に「こないだ見かけたよ、久しぶり」など突然メールで言われても、 本人に会って顔を見ないと思い出せない。 名前を覚える気がないのか、記憶から消そうとしているのか。 しかし撮影した方の顔は未だに覚えている。その記憶力は自慢出来る。 となると僕は/写真=記録/この作業が最も適している、最も生きてく道なんだろう。 それにしても昼間に見る月はなんて不思議なのだろう。 この記憶は子供の頃からずっとある。昼間に月が見えるなんてどうなっているんだ。 ここで調べようとしないものだから僕はアンポンタンだ。 娘は「パパ、お月様が追いかけてくるねぇ」なんて素敵な事をさらりと言うのだろう。 「パパ、ありがとうと言って捨てるんでしょ」なんて聖母マリア役だろう。 泣きながら歩く一人ぼっちの夜。 口笛を吹きながら夜道を歩くほど素敵な男ではないのが僕だ。 追いかけても 追いかけても逃げて行く月のように。 そんなTHE YELLOW MONKEYが様になるのは僕ではなく娘だ。 悲しみは星の影に、月の影に、坂本九。 悲しみの果て、エレファントカシマシ、 /悲しみの果てに何があるかなんて俺は知らない、悲しみは星の影に、月の影に、 泣きながら歩く一人ぼっちの夜。追いかけても追いかけても逃げていく月のように。/ 勝手に歌詞と歌詞を繋げるとこうなった。 さあ、いつにも増して作品に徹底して向き合うぞ。 撮り下ろしWEB発表 最新作「分離と融合」より「ポスター」一枚抜粋。

くしゃくしゃになった一万円

11月12日 寒い日だ 「いや、いや、受け取ってくださいよ」 突き返し、くしゃくしゃになった一万円札を思い出していた。 Cartier、Franck Muller、Louis Vuitton、GUCCI、Hermes、ROLEX、Mercedes‐Benz、BMW、Lexus、例えたら数知れない高価な物。否定はしない。僕も一部持っている。 現在夜中いや朝に近い。僕は明日撮影できる服でも決めようとボーッとクローゼットを見ていた。よく見たら見栄ばかりのスーツに、洋服、時計がある。 さて、ここに本質、意味はあるのか。 それぞれに「なるほどこのブランドには、この良さがあって職人技だな」と納得しつつも、 やはり心にグッとこない。なぜだろう。つまりもう、どうでもよくなったのだ。 よくアート関係の人は黒だらけの服装をしているが意味がある。 展示作品の色彩を邪魔しないように黒で忍者のようにしているのだ。 僕も基本、黒が多い。今回の本質、意味を考え余計なものは削除すると決めた。 それと同時に私生活の一部、ある物事も削除した。 もっとも黒で、黒だらけ。「今日は素敵なディナー」そのような時の為に少し色彩のあるものを残した。バック、時計は誰も知らない職人さんが作ったシンプルなものを残し、あとは段ボールにぶち込んだ。車は大事だ、しょうがない。馬力がある車は作品意欲に比例する。 さて、くしゃくしゃの一万円札を思い出した僕は、 彼がもっとも素直で、素敵な人生を生きることを祈りながら、 僕は今から再度、眠りにつこう。 どんな人間も生まれた時はオギャーから始まる。 明日も早朝、娘に美味しいパンを焼かなくては。

甥っ子は涙をこらえていた

11月8日 曇りのち晴れいやほぼ晴れ。 この子に何を伝えよう。そんな事をずっと思っている。 11月6日に息子が産まれた。いつの間にか僕は2人の子供に恵まれた。 4歳の娘はいつも間にか一眼レフを持ち写真を撮ったりしている。 驚くが、本当。決して強制的にはさせていない。 娘も、息子も、自由に飛び回ってほしい。僕が今見ている世界はまだまだほんの一握りの世界しか見ていないだろう。だから僕も沢山「観る」行為をする。 子供達には僕のわがままだけど、僕が最もしたかったこと。 高校でたらパリに住んでほしい。とびきりのアートに触れて、日本に帰ってきてほしい。 など、ホットミルクを飲みながら打ち込んでいるただの親バカがここにいる。 それにしても、どうしてこんなに「命」は美しいのだろうか。 今日。姉から「クロミが死んだから手伝ってほしい」とお願いされた。 クロミは7年間ほど生きてきた、それはそれは甥っ子が大切にしてきた黒猫だ。 どこに埋めようか聞いたら川付近がいいとのことだった。 その川の目の前には甥っ子のサッカー練習場の目の前だった。 ここならいつでもクロミは甥っ子を見れるし、甥っ子も頑張れるだろう。 特に甥っ子には話していないが一言だけ、 「埋めておいたよ。わかりやすいように沢山の石とお花を植えたぞ。」 と。伝えた。無口な中学二年の甥っ子は涙をこらえていた。 涙を求めていたわけではない、伝えただけだ。 その自然な行為が最も甥っ子が美しく感じた。 姉は段ボールにタオルだけというシンプルすぎる状態で運んできたものだから、 60cm程掘って布団の代わりに猫じゃらしをたくさん敷いた。 そして出来るだけ石

時を止める少女

11月3日 晴れ。 「今日はお天気がいいから良いのが撮れるでしょうねぇ」 そんな素敵な言葉のやり取りを始めたのは母である。 初代で父と二人でstudiouchikuraを築き上げた、僕が尊敬する経営の天才、 いや、最大の努力家でもある専務取締役の母は、 僕が宮崎に戻ってから初めての車の免許を取ったり、 その赤い車で好きな場所に行ったり、とある団体の会長職もこなしたりと、 今もstudiouchikuraの専務としているのだが、この歳で今度はお仕事の写真ではなく、 「写真」を始めたのである。その写真はとても可愛らしく、少女のような目線。 会社で、ん?いないぞ、どこに行ったのだろう?と思ったら、 「ただいま。この写真見て。アヒルがピンボケしたわ。もう一回撮りに行く!」 なんと可愛い事を言うのだろうか。アヒルがピンボケしようがどうだろうが、 画面に写し出されているのは、真っ赤なイチジク、紅葉、ローアングルでの可愛い雑草、 池にピントを合わせて木の枝を影にしシルエット。 まさに「今日はお天気がいいから良いのが撮れるでしょうねぇ」と散歩をしている、 おじいちゃんや、おばあちゃんに話しかけられるはずだ。 しかも、望遠レンズ片手に一眼レフを持ち、スパスパと駆け抜けて撮っている。 時をかける少女のように。いや、それは言い過ぎだが素敵な事だ。 「お母さん、いいじゃない。この写真」母は「あんたみたいな写真でないのよ」 そう。僕みたいな写真ではない。そうであったら、 母の年齢でハマり過ぎた写真を通り越した世界になるから逆に困る。 昔から僕のお仕事の写真は勿論認めているが、 僕の作品「作家としての作品

Eminem Stan Lyrics audio

過去に戻る10月31日。ハロウィン日和。 渋谷は渋谷で、僕の町は町で、Halloweenは、Halloween。 雨がそれなりに降っていて、 雨といえば「Eminem Stan Lyrics audio」を聞きたくなる。 OK.俺はラップが好きさ、毎日、韻を踏む人生さ。 俺は南国生まれ写真館育ち。悪そうな奴はだいたい鼻で笑う。 ではない。 つまりラップにはそんなに興味はない。否定もしない。 でもEminemは好きだ。 彼の見事な自信のプレスリリースぶりと、 グッとくる死に様と生き様はとてもセクシーだ。 そして、自身のプレゼンの巧さには、 僕が大好きなYoshiki様のように美しくとてもクール。 作品「震える瞳」より「薔薇」一枚抜粋

l i n k

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