寝たくない

ギラギラホイール、デカいBGM、旭日旗、フルスモークから出ているのはタバコを手にした手、助手席に乗っている女性はギラギラ+BGM+フルスモークを誇らしげにしているような表情、運転手は滑り台から落ちていくような体制で片手でハンドルを握っている/その一方で運転手の顔は見えないがシンプルなカスタムなしのメルセデスベンツ/ミニスカートの女性と片方の腕で腕を組み、もう片方の腕は几帳面に似合わないLOUIS VUITTON のセカンドバックを持っているスーツ姿の年配の男/ベロ酔いでとても幸せそうな若いカップル/石焼イモをこの時期に売っている何処から来たのか分からないお爺さん/走りながらゼーゼー息をしている黒ベストのボーイさん、片手にはタバコを2箱持っていた。 見慣れた景色、小さな町の夜の繁華街。 寝ている妻に僕は「なんだか今日は少し疲れたよ」など話す。 書斎に戻りセブンスターを6本、ジャックダニエルをほんの少し。 "どこか出かけようぜ見慣れすぎた町を通り抜けてもまだ知らない町へ" エレカシがPCから流れている。 ジャックダニエル、セブンスター、エレカシをつまみに、 今、ある個展の展示プランを考えている。 なんて素敵な時間だろうか、今日は夜更かしの時間だ。 なかなか寝れないや。いや、寝たくない夜が続きそうだ。 画像「My self 」

「美容の経営プラン5月号」

(株)女性モード社「美容の経営プラン5月号」 6ページ13カット。美容師現場ドキュメント撮影しています。 一部、書店での取り扱いもありますがWEBで注文をお勧めいたします。 ご興味のある方は是非、ご覧下さいませ。 (株)女性モード社 「美容の経営プラン5月号 "小さなサロンは、挑戦中"」 2017年5月号 No.431 A4判変型。2017.4.1 発売 1,620円(本体1,500円) 購入先 official site http://www.j-mode.co.jp/plan/?eid=974

空から糞

21度。青空、夏にも似た雲。朝起きると突き刺さるような日差し。愛車は真っ黒なんだけど、今日は真っ白だった。僕の家は小さな池の近くにある。沢山の桜、虫、カエル、亀、アヒル、最近では猿が出てきている。 警察は必死に捕まえようとしているんだけど、 余裕で「キー、キィー!」と聞こえる。 絶対に捕まる気がしないんだろうなぁ。そんなご近所だ。 真っ白はどうやら鳥の糞らしく、その垂れ流し方ときたらもう絵画調だ。 いや、もう頭が飛んでる書道家のようだ。 車庫がキチンとあるのにいつこんなアートをしたのだろうか。 まるでゲリラアートだ。 その正体はカラスなのか、スズメではないだろう。。鳩か? そんな事を早朝3分くらい考えていた。 結構そのゲリラアート(糞)を気に入ってしまって、 そのままにしていたんだけど冷静に考え、 このゲリラーアート(糞さま)は、やはりまずいかなと思って洗車をした。 その後、ゲリラアート(空から糞さま)は跡形もなく消えていた。 余りにもクールだったので記録しておく。 さて、清里、大阪、東京、海外。どう駆け抜けていくか、 最近かなり集中してプランを完成させた。 独自性こそ感性であり、独自性は人間性であり、 その人間は人と人との繋がりが最も大切ならば、 更に独自性ある写真に磨きをかけてく。 言葉(コンセプト)だけが達者で言葉と写真が的外れの写真。 "空から糞"の方がよっぽどアートだ。 ・作品「犬の戦士団」より一枚抜粋「ブルブル」

TAIYAKIさま

で、少し疲れた時は甘いものがいいと僕は書いたんだけど、たいやきが良い。 チョコ、カスタード、いろいろあるんだけど結果、黒あんが良い(白あんはごめんなさい) もう発表されているけど今年1月後半から、まさかの日々だった。 日本写真協会新人賞の候補者に僕が上がっていて少しあたふたしていたが、 やはりそんな甘いもんではなく素晴らしい作家が受賞している。 これは自ら応募が出来ない賞なので候補者に上がったお知らせの電話があった時はビックリした。さて、それもこのLetterでサクッと終わらせて次に行く。 当たり前の事ことやっていくんだ。 写真家が写真家であり続けるための当たり前の写真行為を写真家としてストレートに写真を通じて正々堂々とやる。 いつもと変わんない。

147年間

最後の京都に行く前に大阪のとある喫茶店に行く。 この喫茶店の歴史はどれくらいだろうか。おばあちゃんはアイスコーヒーに氷を3個しか入れてくれないのだけど、何か意味があるのだろうか。 セブンスターを2本吸い、飲み終えて京都の個展会場に着く。 ガタン、ガタン、ただでさえ僕の靴は歩くたびに音がやたらとするショートブーツで、その廊下を歩いていると余計に足音が響いている。 少しのお花畑に、窓辺から差し込む光、トイレには可愛いピンク色したスリッパ。遠くの廊下を見るともう捨てるだけの思い出たちがどさっと置かれている。 戦後どころではない歴史、どんな給食だったのだろうか、おかわりは沢山したのだろうか、牛乳飲みすぎて腹壊した生徒はどれほどいたのだろうか、初恋はもうしていたのだろうか、生徒たちはとても楽しかった日々ではないだろうか、泥んこまみれで遊んでいたのだろうか、近所には美味しい駄菓子屋さんがあったのではないのであろうか、先生方は恋もしたのだろうか、またどれほどの先生同士が結婚したのだろうか、少年少女が大人になり恋をして、青春をして、結婚をして、可愛いBABYが生まれたのだろうか、戦争中はどうだったんだろうか。 147年間の歴史のある廃校になった小学校で、作品「BABY」が展示されている。 展示は4月23日まで。

KG+ Award "BABY"Photo Exhibition

「BABY」 nto this world my child was born. He breathes on his own, and without even being told he craves for milk, and when he cries no tears fall. He smiles sweetly, but there is no scientific proof of his smiles.” Shinichiro Uchikura encounters his son, born last year, not as a father but as a photographer, and captures the heterogeneity and mystery of the newborn. The work is a quest which goes beyond the chain of genetics. It is possibly love. VENUE Playroom, Junpū Elementary School 1F 609-1, Kakimoto-cho, Shimogyo-ku, Kyoto OPEN 2017/04/12 - 04/23 12:00-19:00 CLOSED Monday, Tuesday

くそ根性・くそ度胸

体が疲れた時は甘いものが一番いい。心が少し疲れても甘いものがいい。または、もの凄く分かりやすいアクション映画など。それとプラス僕の場合は写真だろう。自分の心身は自分でコントロールするのも仕事の一つだと思っている。前にも書いたが、忙しいと心を亡くしてまで仕事はしない。その結果は絶対にいい仕事ができないからだ。僕は自分の事を忙しいと自ら言ったことは決してない。忙しいのではなく楽しくしているだけだ。 さて、昔の言い方で言うと「弟子」僕の弟子の杉野はもう直ぐ入社して2年目になる。もちろん昔の時代は弟子といえば給料ももらえず、、、、などそのような時期があったと思うが、基本的には労働になるわけだから給料は当たり前のことだ。それを与えない、いわゆる「先生さま」には教える資格はない。断言する。 その「弟子」でもある杉野は僕が講義で写真学校に行ったのがきっかけで、大阪の写真学校を卒業してスタジオ撮影と作家活動の両立がしたいと奈良からやってきている変わり者。みるみるうちに成長している。初めは学生上がりの本当に甘々だった(僕も当初はそうだった)何から教えようか考えたのは、僕が味わった事を徹底して教えている。その結果、くそ根性とくそ度胸が身についてきている。これからが楽しみだ。 僕の場合は18歳で写真学校に入学し写真の楽しさ(写真の歴史/写真家を知る、撮る、見せる/暗室作業/撮影実習/ライティング実習/作品撮りの実習などなど)を、教わった。その先生達は今も考えてもとても優秀な先生達だった。深く感謝をしている。だが、卒業し六本木のコマーシャルスタジオに入社し、アシスタントを始めると学生時代の青春

DM"BABY"差し上げます。

「2017KG+Award Shinichiro Uchikura Photo Exhibition"BABY"」 DM差し上げます。とても素敵な紙質と正方形のDMとなっております。 ご興味のある方はMessengerrか、Mailにて、 お名前とご住所を記入して下さい。 心を込めて大切に送らせていただきます。 uchikura_shinichiro@yahoo.co.jp

その道沿いで

僕の町では桜が咲き始め春も間近。ロケ撮を終えハンドルを握りスタジオに戻る途中、少し夕方になりかけていた。数時間後、別件の撮影に行く途中では運転中の目の前からパァーっと、とても夕日が美しい光が差し込む1日だった。気持ちの良い光を浴びながら僕は運転中に音楽を聴く。その曲ときたら、こんな凄い少女がいたのかと久しぶりに感動してしまって、まだCDは販売されていないみたいなのでダウンロードしてCDにして流していた。Angelina Jordanまだ少女だ。Fly Me To The Moonがとても好きなんだけどカバーでここまで美しく歌う子はそいない。ずっとこの曲を聴きながら運転をしていたいなぁ。。など思う。 夕日は少しづつ消えていき夜になっていく。その撮影現場に向かう道沿いにある花がある。その花はいつも通り過ぎる道路沿いにあり、僕はそれを数年前から見ている。今日はチューリップに変わっていた。赤色、黄色と、元気な色をしていた。3年前の当初は深い悲しみの底のような真っ白な花束だらけだった。その道を通り過ぎるたびに必ず横目で見る。最近では月に一度のペースで様々なお花に変わっている。 道路沿いに飾られているお花に気がついている人はいるのだろうか。もしくは数年前は知っていたが、今はもう忘れた人もいるのだろうか。どちらでも構わないけど、深い闇の底のような色をした当初の真っ白な大量の花束は、一年後の夏には元気いっぱいのひまわりになっていたり、今日はチューリップだったりしている。きっと春も近づき沢山の蝶々や緑に囲まれていくはずだ。僕は明日もその道を通るだろう。 もう3年経っているんだ。そろそろ車

ナルシシズム

ー 人間失格より ー "恥の多い生涯を送って来ました。 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。" 太宰治は僕の好きな作家の一人。彼が自殺してから最後の未完成小説「人間失格」はバカ売れした。その後、小説家は自殺もしくはシュール&クールでないと売れないみたいなルールが出来たようだ。だが、小説家に限らず画家/彫刻家/音楽家/特に"写真家"となれば太宰治よりはるかにナルシシズムの塊だ。 商業ベースの写真なら別だが、(いやこの画像に関しては同じかもしれない。例えばこのFBの僕の画像はわざわざ目を見せて自分で撮っている。そのようなカメラマンも多数。)そして、芸術写真作家となれば自身の鏡、あるいは自分が感じている世界観を写真に表現するのだからなおさらだ。さりげなくやってる(主に写真と共に短文、特に語りもしない、ナチュラル的、カオス的、おもわず笑ってしまう作風も含め)その写真家も同様だ。究極のナルシシズムの塊により素晴らしい作品が出来るのだから。でなければどこに魅力を感じて撮るのだろうか。例えば、暗室作業による現像液、定着液は地球の最大の毒だ。だけどその毒を使い世に残る素晴らしい作品を作っていくのだから。そしてそれが「誰にも見せるつもりもない」であっても、それも一つのナルシシズムの一種だ。しかしそれは写真の本質撮る=見せる行為とはかけ離れている。 写真の歴史はまだ浅いのだけど、写真家も貴方に負けないくらい素敵だ。でも貴方のうつむいた、虚ろな表情もかなりのものだ。さて、明日は貴重な休みだ。撮りに行く。可能性が無限にある写真表現は未だ僕の確立した方向性に導いてくれない。これだから面

聖者の行進

あたし騙されてるとわかってるわ。その世界にとどまりたくて、そこから飛ばされるのが一番怖いわ。聖者の行進のように、もしくは緑の中を走り抜ける真っ赤なポルシェのように、そんな勢いでズバーっと騙されるの。だからこの瞬間は勘違いをさせて。それだけで十分だわ。貴方以外の声は全部聞かないわ。 やぁ。聖者の行進はもっと素敵な曲だよ。あんた気張りすぎてズバッと出ちゃうぜ。 Fly Me to the Moonでも聞いてアイスクリームでも舐めときなよ。 ・未発表作品「続・肖像」より「刀とおんな」

いつの日か輝くだろうあふれる熱い涙

ビターショット。なんてかっこいい名だ。その名はコンビニに売られているカフェラテの名前。今、ビターショットにストローをビッ!と突き刺してごくごく飲んでる。華やかな土曜の夜に。ごくごくコーヒーを飲んでいる。そういえば昔、注意されたことがある「内倉さぁ、コーヒーは一気飲みするもんじゃないよ」いや、まったくおっしゃる通りです先輩。 さて、ビッ!と突き刺すように僕の人生もビビビビッ!っと、行くのだろうか。 今回、KYOTOGRAPHIE2017KG+Awardに通過し個展を開催することになる。昨年に続き2回目のKG+だ。ビッ!と様々な美しい思い出が京都には2015年からある。 言い出したらきりがない美しい思い出。 そして今回で京都での作品展示は最後にする。 今、カフェラテビターショットが嫌になったので、Jack Daniel'sに切り替えた。まったくキレがある。PCからはエレカシが流れ始めた。"輝きを求めてどんと行くぜ"とライブメッセージで言っている。”くだらねえとつぶやいて醒めたつらして歩くいつの日か輝くだろうあふれる熱い涙”この曲を聴くたびに僕はリセットされる。 そのリセットはとても単純で、輝きを求めてただひたすらに撮っていく。 もちろん24時間ぼくの全神経は写真に向かっている。 ・作品「犬の戦士団」より一枚抜粋

2017KG+ Award「BABY」個展 開催

「2017KG+内倉真一郎 写真展「BABY」」 最新作「BABY」KG+ Award通過し個展開催します。 内倉は4月15日〜18日まで会場に在中します。 是非お越し下さいませ。 ■【2017KG+内倉真一郎 写真展「BABY」】 ・開催場所:元・淳風小学校1F プレイルーム 京都市下京区大宮通花屋町上ル柿本町609-1 ・開催日時:2017年4月12日 ー 4月23日 12:00-19:00 15日〜18日まで内倉在中してます。 ※詳細はKG+HPをご覧下さいませ。 ・KG+HP http://www.kyotographie.jp/kgplus/ ・日本写真映像専門学校 HP http://www.shasen.ac.jp ・写真家 内倉真一郎  HP https://www.uchikurashinichiro.com ​ [主催] KG+実行委員会 [共催]京都市 / 京都市教育委員会 [後援] 京都府 [特別協賛] 株式会社 グランマーブル [協賛]株式会社 モトックス/株式会社ワコール/さきぞうグループ/DMG森精機株式会社/株式会社SCREENホールディングス/パナソニック(株)LUMIX/アインシュタインスタジオ/株式会社イエローコーナージャパン/ [協力]マシュ キョウト/ハイクリエイティブ/フィンエアー

2017KG+「BABY」DM裏

2017KG+「BABY」DM裏面 ​ ●Direction 中澤 有基氏によるコメント 「純粋な撮り手としての内倉真一郎の視線は、我が子をも写真を通して見つめた。赤子もまた父を見返す。すべてを吸い込むようなその瞳と、父として写真家としての内倉の瞳がレンズを通して対峙したとき、すべての余分なものは光の中に吸い込まれていく。研ぎ澄まされた濃密な時間の中で、雑音は消え、鼓動が聞こえ、DNAが呼応し、シャッター音が響く。その静寂と緊張感は見るものの心を強く掴み、目が離せない。」 ●写真家 内倉真一郎 アーティストステータメント 「2016年11月6日(日)19時19分、身長50,3cm、 体重2710g、頭囲33,0cm、胸囲31,0cm。長男がこの世に産まれた。 産まれて二週間後から息子を可愛く撮るのではなく、一歩も二歩も引いて撮影を開始しする。 自力で呼吸をし、教えてもいないのに乳を欲しがり、泣いているのだが涙は出ない。 そしてニヤリと可愛く笑顔にも似た表情は「新生児微笑」と言う。 だが微笑をする医学的根拠は未だない。 なんて美しく、不思議なのだろうか。 大人になったらこの記憶は何故なくなるのか。 そして記憶は現在あるのだろうか。 もしくは全てを知っていて逆に私を観察しているのではないだろうか。 命から命に繋ぐその美しさと神秘さ。 私の遺伝子は何処から何処に繋がって何処に向かうのか。 その果てには何があるのか。 BABYその可愛らしさには計り知れない愛がある。」

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