希望

4月15日 "例のやつ"(僕は"王冠"とは認めない。なので"例のやつ"という呼び名で伝える) "例のやつ"で12万人以上の方々が亡くなり、お葬式もまともにされない。故郷に帰りたくても帰れない。感染者と関係者は、えげつない誹謗中傷を受ける。自粛の大切さを伝えあいながら、自粛によるストレスで家庭内暴力、離婚も増えてきている。重要な仕事があっても行けない。様々な中小企業は休業に追い込まれ、その影響で他の中小企業も休業に追い込まれる。そして経営者は家賃、従業員の給料、その従業員の家族の事も考えながら想像を絶する戦いに向かっている。(僕も会社の経営者として)異常な未知との戦いに立ち向かっている。感染を拡大しないために職種によっては営業を休業するしかないかもしれない。それは決して飲食店だけではない。全ての会社がそうだ。また、ロックダウンされない日本では、空港会社、新幹線は本数は減っても当たり前のように運営し、今も他県から様々な場所に人々は移動をしている。それが悪いとか僕は言っているわけでもない。医師は命がけでこの戦いに立ち向かい、スーパーマーケットのレジの方々も命がけだ。クリーニング屋さんも、コンビニも、ガソリンスタンドも、他にも例をあげたらきりがない。みんな命がけで仕事をしている。そして自分のもう一つの「命=会社」を守りたいと思っている。マスコミとSNSでは毎日続く"例のやつ"報道で人々に負のオーラが増し、自立心を失い精神が崩壊する。特に夜は恐怖心や負のオーラが出やすい。その時間帯にSNSの投稿は爆発する。それを見た他者も不安という負のオーラで心身ともにやられてしまう。 みんながSNSで

こめかみに一発

「こめかみに一発」最近はそんな風に思う。 桜は相変わらず、ただひたすらに美しく咲き、あっという間に散っていく。僕はその景色と「今、父が生きていたら僕の考え方をどう思うだろう」そんなことを毎晩考える。だがその答えは自分で見つけるしかない。占いを絶対に信用しない僕は、父の死を受け止める強さを、ようやく自分の全エネルギーに変えた。 9月に赤々舎から出版される最新作「私の肖像」は毎日ストリートスナップのような感覚で限界まで撮影している。そして個展開催に向けて一人。紙とペン、そしてPCに向き合っている。そこにオプションをつけると大好きな熱々の珈琲と日本中が嫌がるタバコだ。もともと僕は地方で一人、制作をしている写真家だ。改めて言うが周りにギャラリーや写真家仲間はいない。そんな状況の中で僕は黙々とやっている。 つまり今「例のやつ」が世界中の人と人との繋がりを自粛=禁止されている中。戸惑う写真家(写真家のみの話に限定する)がいるだろう。都市の写真家の作品は悔しいほど素晴らしい作家がたくさんいる。だが、精神力はどのようなものか。孤立した状態に慣れているのか。僕は何度も言うが慣れているどころではなく、昔からそれが当たり前になっている。写真芸術の情報が一切ない町に住み写真作品をやっているんだ。「例のやつ」が僕の邪魔をするのならば僕は必ず「例のやつ」に1,000倍返しする。「例のやつ」は、世界中の大切な人を悲しませ、苦しませている。それとは逆に環境汚染がなくなってきている。誰が何を言っても正解がないのが今の現状だ。「例のやつ」は人間模様をさらけ出してくる。 父の一周忌(2019

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