まるで思春期

9月10日 晴れ

「あなたはすぐに写真を撮りたがる

あたしは何時も其れを厭がるのだって写真になっちゃえばあたしが古くなるじゃない 」

このような歌詞を思い出すのは久ぶり。

京都国際写真祭個展終了後「犬」から「狩り」を始めた。

そうだ。もともと僕はセルフポートレートから始まった。

スナップ(狩り)は2008年新宿・大阪Nikonサロンでの個展以来になる。

その狩りは最後の狩りだった。6年間住んでいた東京で急遽宮崎に戻ることになり、

僕は真っ先に最後の新宿ストリートスナップを2ヶ月間集中して開始した。

ストリートに、さよならと決意したのだ。

それからは「肖像」「人間図鑑」「佳子」「犬の戦士団」とシリーズが続く。

そして今、再びスナップ(狩り)を宮崎で始めている。

空、カニ、時計、魚、ひまわり、海、馬、犬、猫、

子供、池、人形、葉っぱ、花、父、影、全ての生命体。

まるで思春期。まるで反抗期。

まるで四畳半の片隅で三角座りのような気分。

いや、まるで尾崎豊の金網に倒れタバコをふかすシュール&究極のナルシズム。

・6月「しみったれた」文章記録

夜中に一人書斎にこもると、あまり良い事はない。

ありもしない悲劇を考えたり、不平や、不満がチラチラ出てくる。

だが、朝起きると何事もなく気持ちはすっきりしているのだ。 間違っても、誰もが情報を共有できる世界で、 しみったれた文章をFBなどに書くべきではない。 でも、新たなる表現の一つとして、 文章と写真で表現し、 撮り下ろしの作品をこの隠れ場のような、 FB&ブログで発表して行くつもりだ。

・7月「分離と融合」文章記録

大切な思い出、バラバラになったコサージュ、 見つけては、記録していく。

日々、呼吸をするように記録していく「私事」は写真と共に、 遺書=過去⇄未来と繋がっているエネルギーの塊。

私はその塊と共に「闇」=「光」に立ち向かっているんだけども、 この感情に任せて撮っていく「作業」=「生きる道」は、 全生命力で挑むことにより、消化されては、飢えて求める。

全ては、「何故」=「知ること」から始まり、 そこに立ち向かう力は、これから更に増していき、 「知る」=「撮る」=「見る」=「見られる」=「浄化」=「飢える」 このリンクが続くのです。

なにも、シュールでも、クールでもございません。

結果、写真家は究極のナルシズムの塊ですので。 半分本当で、半分嘘なんです。

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