マイナス100度の太陽
9月17日 ニガウリが育ち台風来そう。

四畳半の三角座りの孤独ではなく、 四畳半に宝物が詰まっている僕の書斎。
仕事を終え食事をし、風呂に入り娘が寝ると書斎に入る。
「いつ作品撮ってるの?」「疲れない?」「何処にそんな時間あんの?」 これは商業ベースのカメラマンからよく言われる。
それがまた、まるで疲れないし、24時間撮っている。
むしろ写真が一分一秒と体にいない方が僕は情緒不安定になる。
一分一秒を最も加速する場所は、 「撮影の現場」「プリント&レタッチの現場」 「発表の現場」「書斎」になる。
自分の作品群に囲まれ、尊敬する作者に囲まれ、 またはライバル心。それは最も集中力を増す場所であり、
もう一つの写真の現場になる。
この現場で夜中一人の地方の男は、PCに書き書きとしているのだ。 このような地方の男を客観的に見たら、 たまには同級生と呑みにでも行ってこいよ!と言いたくなる。
だが、ここで見る本、作品、映画、音楽、思想、止まらない。
話がガラリと変わるけど、 最近では懐メロを聞きすぎてる。
そうだ、そう、そうなのだ。
「涙があふれる悲しい季節」は分かるけど 「マイナス100度の太陽みたいに」を教えて。