光はどこまでも光で、写真は写真でしかなく、紙は紙でしかない。

October 1, 2016

10月1日 神棚を新しくする。

 

 

「天地創造」が本当なら暗闇でカメラの存在はなく、暗闇は暗闇でしかなかっただろう。

そこに「光」ができたから全ての生命体が見え、昼、夜、大地、海、植物、太陽、月、星、魚、鳥、獣、家畜、神に似せた二本足に二本の腕(人間=カメラの誕生)。

 

画家達による19世紀以前から、光を平面に投影する試みが始まり、

「Un cheval et son conducteur」、1825年ニセフォール・ニエプスが版画を撮影したもので、最古の写真とされている。絵画、版画、彫刻、書道と違い「写真」の歴史はまだ浅い。

 

僕は今、2000年〜2016年まで16年間(年数は関係ないが)写真芸術をしていて大袈裟で結構だが、歴史を繋ぐ。写真史を学ぶだけでなく、写真表現に挑戦し続ける。

固定された概念「固定概念」は精神年齢を衰えさせるばかりで、

そこから新たに生まれるものはない。富士山を撮り続けて30年は立派だが30年間表現力、思想力が変化しないのは富士山でなく作者のマスターベーションに過ぎない。

 

だが、そのマスターベーションには、とびっきりの楽しみがある。

観覧者を一切に無視した、本人しか知らない微妙な富士山の変化だろう。

(これは分かりやすく富士山に例えているだけ。)

 

僕はどうなのだろうか。

あらゆる撮影、手法は変わろうが、概念による固定された記憶の変化はない。

だが変化していくのは私自身ではなく私の「未来」なのだ。

その微妙な変化に気付きながらクスクスと自分自身を客観的に見つめる。

 

光はどこまでも光で、写真は写真でしかなく、紙は紙でしかない。そこに写し出されていくものこそが変化していくのだ。5年前、10年前、100年前の作品であろうが最新作であろうが、作者が発表し続け、または第三者が作者の作品を発表していき、

作品は遠くに飛んで世界を羽ばたき歴史に残る。

 

それは、僕の死に様、生き様。何処まで逝っても内倉は内倉でありカメラはカメラだ。

だが写真は変わり続ける。その変化に合わせるつもりもないが、変化、進化は自分で創る。

1981年に宮崎で生まれた内倉は過去の思い出と共に、現在、そして写真を通じて未来に繋がっていくエネルギーの塊。

 

話が随分な感じだが、昨年はParisで写真家浜中氏と展示。今年は関西で最も著名化した、

gallery Main。「gallery Main新進作家展 」デレクション中澤有基氏による「内倉真一郎×横山隆平 Photo Exhibition in Taiwan」が台湾のgallery關於綠光+marüteで開催する。

 

横山さんとは「81LAB.」「cityrat-press」そして「Phorograph in the Street」では新たな表現を目的としたゲリラ展示プロジェクトを二人でTOMandJERRYからスタートした。

スナップショットで最も僕が最高にcoolと思っていて、尊敬している

写真家横山隆平氏と2人展がいよいよ台湾のgalleryでスタートする。

最高の気分だ。レッドブルーを卒業し、飲むヨーグルトに切り替えた僕は長生きをする。

 

 

 

 

 

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