青春をし、恋をし、結婚をし、
11月17日 ひどい頭痛。

ギラギラと光るカフスボタンからは更にギラギラと光るダイヤのロレックスサブマリーナ。
目が痛くなるストライプのスーツに、カメレオンのようなネクタイ。
クロコダイルのセカンドバック。髪型は角刈りにも似た茶髪を少し超えた金髪。その髪質とは真逆に名刺の紙質は実にシンプル。
きつい話だ。「素晴らしい話だから是非、聞いて欲しいの!」初対面のおばあちゃんは僕の知人との知り合いらしい。確かに知っているようだ。すぐに帰すわけには行けない。
本当ならこの手の話は数秒でお断りなんだけど、その男性と「ある話」を僕にする。
話を聞かないとおばあちゃんの震えた指先のルビーが飛び出て僕に刺さりそうだったので少し耳を貸す。いや結果、耳は貸さなかった。僕はおばあちゃんが満足するように、出来る限りの対応をしてあげた。ギラギラカフスボタンが話す表情を見る。姿勢の良さは一級品で地方の年配の方々がよく騙される「あの話」だ。
iPodで素人以下の漠然過ぎるプレゼンをされる。僕はどうしようか考える。
考えるのはこの見知らぬおばあちゃんに「ある話は話でもなく最初から最後まで何一つ無い」という事実を教えてあげるか迷う。しかし、カメレオンネクタイは僕が既に怪しんで話を聞くつもりは無いと判断したのか、無理な話をしなくなった。
だが、おばあちゃんは必死に食い下がるのだ。
きつい気持ちだ。オギャーと生まれ、青春をし、恋をし、結婚をし、子供が生まれ、孫の顔も見て、最後にロレックスサブマリーナダイヤ付きに、洗脳から支配下になるのだ。
仕事もある。もうこれ以上話は聞けない。出来る限り気持ちよく返してあげようとすると、
「この方はレンタカーで来てるの」その瞬間、クロコダイルバックは、おばあちゃんを0.0005秒間、睨んだ。だめだ、助けてあげようと思ったら、
僕の知人が「こんな話に何を騙されている、しっかりしてくれ」と一言。
全てが崩れ落ちた。見知らぬおばあちゃんは、最高級の洒落た服装に宝石だらけ。
ただその宝石が本当なのかは分からない。それいけアンパンマンではないが、見知らぬふりは出来ない。しかし、アンパンチは効かず、アリスのように「あの話」におばあちゃんは戻り、クロコダイルとともに去っていった。
撮り下ろしWEB発表
2016最新作2「分離と融合」より「猫は見ていた」一枚抜粋。