酔っ払ったviolinist

12月5日 暖かい日差し。

今日は呑んでいる。明日、早朝から出張なんだけど、呑んだ。まるで全部受け止めてやるくらいの気持ち。だけど呑んでいる量は、ほんの少しだ。僕は作家仲間、または気の合う仲間でないと絶対に飲まない。昔は呑んだというか、無理やり逃げるように呑んでいた時代がある。

まあ、なんて美しい女性でしょう。宮本笑里「for」Johann Sebastian Bach「Concerto for Two Violins and Strings, BWV1043」を聞きながら、バッハはジブリ映画に出てきそうな「もふもふしたパン」のようなヘアスタイルだなぁ。。相変わらずチクタクと針は続くのだが、酔っ払ったviolinistのように、右へ左へふらふらとしながら、ある展示レイアウトと、ある展示のセレクトと、ある最新作のコンセプトと徹底的に向き合っている。

おい。そこのviolinist。今日はスコンと飛んじゃったわ。//////////スラッシュ。

return

「パパ、ベーとーべんって人の曲をするの」保育園の音楽祭にどうにか行ってあげられる事ができ、僕は自分でよかった。と、思っている。仕事上バタバタと賑やかな日は、祝日だ。祝日に合わせて保育園のお祭りなどあるので、なかなか行く時間はかなり困難だ。でも、時間に追われるというのは僕は好きな言葉だ。5分の仕事があるなら僕は4分ですませるように構成力、行動力、実践力、準備が9割、シャッターは1割。決して雑にはしないし、ダラダラもしない。ここに関しては、ビジネスの写真も、作家としての作品も同様だ。

ところでLudwig van Beethovenだ。wikipediaより抜粋↓

「伝音性の難聴であり、中耳の耳小骨の「つち・きぬた・あぶみ」の内のあぶみ骨が固まってしまい、振動を伝えなくなってしまった為に、音が聞こえなくなってしまう難病。ベートーヴェンの難聴が耳硬化症である論拠として、ベートーヴェンが人の声は全く聞こえてなかったにも関わらず、後ろでピアノを弾いている弟子に、「そこはおかしい!」と注意したエピソードが挙げられる。これは耳硬化症に特有の、人の声は全く聞こえなくなるが、ピアノの高音部は振動を僅かに感じることが出来る性質にあると考えられる。又、ベートーヴェンは歯とピアノの鍵盤をスティックで繋ぐことで、ピアノの音を聞いていたという逸話もこの説を裏付ける論拠として挙げられる。」

彼のような鬼才、天才、天命から授かった偉大なる才能。

僕は娘に「ベーとーべんはねぇ。耳が聞こえなくても音楽を創ってたんだよ」と、娘に言う。娘はぽかんと不思議そうにしていた。こんな濃い話、保育園では流石にしないだろう。

僕は娘と息子に教えられるものは何か。今、とても毎日のように考えている。わがままを聞いてくれるのであれば、芸術の塊でもあるParisに行かせてあげたい。思いっきりなんでもいい、全ては芸術なのだ。この答えにたどり着いてくれたら僕は将来、二人の子供がどんな道に行こうが構わない。道路のカラーコーンを作る人も職人だ、カラーコーンを絶妙な場所に置くのも職人技。コンビニの店員さんの笑顔だってその笑顔が最高に素敵なら、その人が持っている才能の一つだ。全ては産まれた時点で芸術であり、産まれる前の過程も芸術だ。

作品「震える瞳」より「蝶」一枚抜粋

特集記事
近日公開予定
今しばらくお待ちください...
最新記事
アーカイブ
タグから検索
まだタグはありません。
ソーシャルメディア
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square
  • Facebook
  • Instagram

© 2020  SHINICHIRO UCHIKURA.COM