その情熱とクソ度胸を永遠に焼き付ける

January 22, 2017

"桑原史成氏「また、20歳の日本人男性、内倉真一郎さんは、屋上に写真を並べてと、と。とにかく自由奔放だろ思いました」
細江英公氏「20歳ですからね。この人がこれからどういうふうに育っていくか、非常に期待を持って見たいと思います。」"
ー清里フォトアートミュージアムYP図録2002年6月24日P16,P17文章より抜粋。ー
今、35歳の僕はとても懐かしく、美しい思い出の図録を見ている。

 

 

年齢制限35歳まで。20歳から応募し続けた清里フォトアートミュージアムYP。
作品「犬の戦士団」がコレクションされ2017年3月18日(土)~6月18日(日)まで清里フォトアートミュージアムでコレクション作家の展示が行われる。
2002年「私は自分に恋をした新しく産まれる自分に」2003年「震える瞳」2008年「Parasite」2012年「人間図鑑」そして2016年「犬の戦士団」 
清里フォトアートミュージアム(清里写真美術館)ヤングポートフォリオ作品永久コレクションは振り返れば合計19点作品所蔵していただいた。
写真家に限らずあらゆる作家の着地点は無いと僕は思っているのだけど、区切り、分岐点は必ずある。その中でも写真作家としてSTARTに始まり、STARTで終わるのはこのYPだ。写真美術館が世界上の写真家の作品を応募しコレクションする、このようなユニークなスタイルは他の美術館からしてもそう無いと思う。

学生時代から応募した理由はとても単純。尊敬する写真家に見てもらえて、もしかしたらコレクションされたらラッキーじゃないか。これだけの理由。その尊敬する写真家は誰なのか、学生時代暗室作業を終え休憩中に三島由紀夫をホースでぐるぐる巻きにした写真集を見る。これを撮影したのは誰だろう?細江英公氏だった。この荒々しいプリントをしたのは誰なのか?細江氏の弟子でもあった今や世界的著名な森山大道氏だった。調べて、見て、追求して、とてもじゃないけど凄まじい迫力にとにかく圧倒された。今もそれは変わらない。そう、実際に写真集、オリジナルプリントを見て、僕が写真芸術の面白さを知った写真家は細江英公氏だ。

写真専門学校を卒業しそのまま実家の写真館を、のうのうと継ぐ予定だったが大きく道は変わった。写真の可能性を知り、好き勝手にひたすらに撮り、プリントし、そして気がつくと卒業後六本木のコマーシャルスタジオに就職し、またまた気がつけばそのまま東京で独立していた。そして2009年。様々な事情もあり宮崎に戻り、僕は現在studiouchikuraの代表をしながら、相変わらず昔から変わらない「馬鹿=作品」をしている(撮っている)。
東京、大阪、宮崎、Paris、無人島、どこにいようが作品を撮り続けるだろう。

その間にはいつもYPがあったような気がしている。例えば、もし明日、僕がチーンと、いなくなっても僕の作品は、永久的に清里写真美術館に保管され続ける。データでバックアップや、CDRに焼き付け、スマホに保存、作品はあの人の胸の中、そうではない。
14年間、情熱と共に駆け抜けた我が子と変わらない作品と、その作品をプリントしたあの現像液と、定着液、そしてあのカメラとあのフィルム。
または、あの時代や、永遠の思春期。それらと共に僕が実際にプリントしたオリジナルプリントが清里フォトアートミュージアムに永久所蔵されているのだ。
5月27日には公開レセプリションとトークイベントがある、そして作品永久保存証書をいただける。
僕はその時、学芸員の方と細江氏に何を話すのか。そんな事を頭でぐるぐるしながらドキドキと思っている。
そして何より楽しみなのは、あの時の僕のオリジナルプリントを見ることだ。
YP作家の(思い)は様々だろうけどラストではなく、エンジン全開のSTARTは今だ。

なので、今からアイスクリームを食べる。
ついでに、ミルクも。
あ、ホットミルクにする。

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