ひたすらに飢えた感情と共に

海外で作品を出展、個展を開催することが多くなった気がする。Paris、台中市、台北、そして中国。中国の展示はキュレーターからの依頼。今年の3月に台湾でお会いして作品を気に入ってくれてからのオファーだった。主催者からプリント、額装、展示作業、宿泊先、食事など全て用意されていて僕は手ぶらと変わらない状態だった。上海空港から新幹線で2時間ほどで寧波市の美術館につく。僕は日本の歴史を振り返り少し不安な気持ちもあったが、中国の方々はとても親切にしてくれた。会場まで車で送ってくれて車内から窓越しに観光をする。現地に行く目的は様々な理由があったからだけど、一番はキュレーターに感謝の気持ちを直接伝えたかったからだ。そして、自分の作品が展示されている事をこの目で確認する。これは作家として当然だろう。相変わらずワクワクして会場に入ると様々な写真家の方々、その担当のキュレーターの方々、僕の顔を見ると全員笑顔だった。通訳を通してBABYの感想を聞く。

そして、約束通りに僕の担当キュレーターが会場に来ると、見学に来ていた大学生や、写真家達が一斉に集まってきた。なんだか、今回の展示に至るまで長く打ち合わせを重ねてきたけど、やっぱり素晴らしいキュレーターさんだ。彼女はとても親切な方だった。そして作品や写真家の話になるとがらりと顔つきが変わる。このプロ意識というのか、とてもカッコイイ。また、僕はインタビューされた時に「日本で好きな写真家は誰ですか?」と言われて、すぐに細江氏の話をした。もちろん中国の方も知っていて日本の写真家の認知度、そして作品のクオルティは高い。そして、日本以外の写真家、世界中のアーティストの作品も凄いの一言だ。 今回、中国の展示で大きく意識が変わったかもしれない。それは、むやみやたらに海外に出展ではなく、(きっかけは我武者羅でいいと思う)が、先ず日本で作品を発表し挑戦し、目的と目標を定め海外でも発表する。しっかりとした目的と目標を決めて発表している写真家は、軸がしっかりとしていて日本に戻っても必ず結果がついてきている。いや、日本で軸がしっかり決まっているからだ。海外に作品を出展すると日本とはまた違うスケールと、学びや、出会いがある。それは行った本人しかわからないけど、僕はまだまだ日本で作品を発表し、挑戦して行かなくてはいけない。35歳の分岐点だ。まだまだ暴れ方が足りていない自分に気がついた中国だった。

そして変わらないこと、再確認することもある。 それは、撮る=観る=知る=撮る=発表する。

そして、ひたすらに飢えた感情と共に、ただひたすらに撮ることだ。

もう直ぐ日本での個展が控えている。続きはまた。

・作品「震える瞳」より Photo by Shinichiro Uchikura

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