光紀

September 24, 2017


娘が産まれた時、それはそれは興奮したもので一杯一杯だった。今はもう5歳で僕の書斎で作品を見たり作家の写真集もたまに見たりしていて、将来が楽しみだ。少し、いや、結構な親バカかもしれない。二人目の長男「光紀」が産まれた時は不思議と冷静だった。名前ももう決めていた。僕の名前は真一郎で写真の”真”と”一”つまり、写真が誰よりも一番好きになるようにと、父がわがままに決めた名前らしく"郎”は長男だから"郎"をとりあえずつけたようだ。そして遺伝子は繋がり僕の去年の年末に生まれた息子、「光紀」の名前にも、もちろん意味がある。それは、父のわがままと結局、同じようになり僕の名前に写真の真があるから"写真は光で出来ている"このような当たり前のことを僕と繋げた。だから光をつけ、その光は紀元前から最も重要しされていて宇宙にもつながっていくのが光だ。
 

 

 


生まれる随分前から名前を決めていたし、この子に僕は何を残そうか。そのようなことをもちろん考える。一番に残したかったのは、赤ん坊の頃の記憶と記録なのかもしれない。それは僕自身、赤ん坊の頃の鮮明な写真は残っていなかったからで(もちろん可愛いらしい写真やお宮参りの写真はあるが)他の、記憶や神秘性なことは記録はされていない。普通そうだろう。だが僕は写真で表現する者だからこの子に何を残そうか。そのように考えた時、作品に残すことだった。

冷静に産まれてくる瞬間を見つめて不思議なことに、いや、なぜ今まで気がつかなかったのであろう?そんなことに気がついた。元気よく泣いているのに涙が出ていないのだ。そこから作品BABYはスタートした。その答えを産婦人科の方々に聞かずに僕はカメラを通じて、その神秘性の今も意味を探している。そして、人間は生まれた瞬間から既に死に向かっているということだ。決して避けられない現実には生きようとする生命力と美しい物語がある。教えてもいないのに乳を欲しがり、たまにニヤリと可愛らしく笑ったり、最近はもうお菓子や、食事もしていて、おもちゃにも興味津々だ。BABYと言える期間はもう少しで終える。今、作品BABYは継続して撮影しているが、いよいよ最終段階まできている。

この作品を一旦終えたら僕は次にどんな事に美しさを感じ、挑戦していくのだろうか、そのようなことを思うのだ。それにしても夏も終わり、大好きな秋になってきた。いよいよ最終地点だ。この子が大人になって作品BABYを見たらどう思うのだろうか。

・作品「震える瞳」より
Photo by Shinichiro Uchikura

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