それはなんて写真行為そのものなんだろうか

March 21, 2018

気温はとても暖かく晴れでも決して青空はめったに見せない、だが人々は笑顔で溢れ、バイクの三人乗りにも愛を感じる台湾。

 

僕は3回目の台湾に行った。3年連続だ、2016は個展で台湾の台中市、2017は新作を日本ではなく台北のWFDで披露したいと思った、それはそこに憧れるキュレーターがいたからだ。そこから僕の作品はキュレーションされ中国で昨年、寧波市国際写真祭の出展作家に選ばれた。そして、今年また僕は違う理由でWFDに応募し出展が決まった。違う理由はとても素敵な理由。だが、出展が決まるとメインビジュアルに採用とのメールが来て驚いた。僕はEMONの準備をしながら、WFDのメインビジュアルになったからには、ふざけたブースではいけないと思い、それはそれは何度もシュミレーションしては新しく額を仕入れ、あーでもないこーでもない、そして荷物は47キロという恐ろしい重さになったが、結果台湾に行く二週間前に再度、展示ブースのシュミレーションをし34キロに収まった。

 

 

ただでさえ、重たいものや運動が嫌いな僕だ。相当な重さはなかなか過労になった。だが、現地に着きメインビジュアルになった自分の作品「犬の戦士団」の、巨大な会場外看板、会場内看板、チケット、図録を見たらミーハーだが、学生のように舞い上がっていた。この辺りも僕はこのブログに包み隠さず素直に書いていこうと思う。学生みたいに舞い上がった僕はその巨大に展示された自分の作品を見ながら、ただ見とれていた。

 

 

その日は搬入日で、そうも言ってられない。この重たい作品を早くブースに飾るんだ。そこに頭を切り替え気が付いたら暑くなり汗も出て、タンクップになっていた。日本人対応のスタッフの方に、一緒に手伝ってもらいながらブースを完成させると昨年僕の作品を購入してくれた方がすでに僕のブースにいた。その場で大きな作品の殆どの購入が決まり、なんだかとりあえず安心した。その安心は"売れた"これではない。その購入してくれた方は僕の作品が本当に好きなのを昨年から僕も知っていたからだ。だからこそ嬉しかった。むやみやたらに売れても日本に戻れば残るのはお金だけだ。そうではなく作家は売る人をそれなりに選ぶ権利もあると僕は思う。でないと冷えたED付きの作品になってしまうだけだから。そもそも僕の作風はなかなか購入したくたるような作品ではない。だが本当に気に入ってくれて、僕の考え方も理解した上で購入してくれる場合は心から嬉しいと思う。だってそれは作家が死んでもその人がずっと持っているからだ。そして、僕の作品は清里フォトアートミュージアムにも永久所蔵されている。

 

 

何度も言うがお金ではない。購入に目がくらんでいる作家は実は何一つ売れていない。そこに気がついていながらも、どこかに取り扱いされているだけの安定感。そこに浸っているだけで自分では何一つ動こうとしないものだ。そのような作家ではいたくない。いつだって作品を撮る、見る、見せる、更に撮る、学ぶ、そして発表する。これが写真家にとってどれだけのエネルギーを使うことか。そう考えると何度も言うが、購入者を選ぶ権利は作家にもある。売り手と買い手が意気投合した時にその作品は輝きを放ってその人のお部屋に飾られるのだ。それはなんて写真行為そのものなんだろうか。

 

 

様々なアートフェスタがある中、WONDER FOTO DAYはかなり風変わりなフェスだ。間にギャラリストがいるわけでもない、小綺麗な場所で白壁に覆われているわけでもない。あるのはテーブルだけ。これが僕から言わせたらカッコイイ。なんというか。。120名のストリートファイターのようなリアルな現場だ。まるでバナナの叩き売りのようだ。これは現場に行った人でないとなかなか伝わらないと思うが、このブログに記録しておく。

 

 

 

 

 

Please reload

特集記事

I'm busy working on my blog posts. Watch this space!

Please reload

最新記事

April 26, 2019

Please reload

アーカイブ