10cmの世界

April 26, 2019

 

 

5000年前、縄文時代の人々がある信仰をしていたと言われる岩崖に行った。車で30分ほどで着く場所だ。外は雨が降っていて霧も凄い。僕はお気に入りの"Jolene"を聞きながらカメラを持ち現地に着く。人気のある観光スポットで雨の中でも観光者がいる。しかし、下に進む道は非常に危なく、少しでも滑ったら海に落ちる。岩だらけの下り坂を降りると見えた。とてつもなく大きな深く高い洞穴とでも言えばいいのだろうか。神々に手を合わせる場所では「ここで振り返ったら龍の形に見えます」そのような看板がある。龍には見えなかった。僕はそこに集中せず、深い、とても深い洞穴の岩達を見つめていた。視界も慣れてきた。海の波は押し寄せてくる。上から落ちてくる水滴は大きく、岩にボジャンと弾け、よく見ると鳥の羽が無数に落ちていた。海から光が差し込む少しの光に照らされたその羽はとても美しかった。気がつけば僕はその場所に3時間ほどいて、ひたすら羽と岩を撮っていた。そして外に出ると人間が愛し合い絡み合うような木がある。その木には10cm程の穴がいくつもある。よく見ると一つの世界があった。その穴の中には真っ赤で生き生きとした蟹が身を潜めていた。「こんなとこに蟹がなぜ?」そう思いながらマクロ設定に切り替え、穴をレンズで塞いだ。蟹は少し逃げた。だが次の瞬間その蟹は大きな爪を振りかざしレンズに向かって立ち向かってきた。レンズは蟹の爪が当たる音でキチキチと響き、僕はひたすら写真を撮った。周りの人々からしたらその写真を撮っている絵は変な光景だっただろう。それにしても5000年前の岩崖も、10cmの木の穴に入る蟹も、全てが力強く説明できないエネルギーに満ち溢れている。

 



気がつくと僕はびしょ濡れで、カメラも濡れていた。

 

8 Mileの見過ぎだろうか、映画の見過ぎだろうか、写真を撮りながらいつもメモ用紙に小汚い字で僕はふと浮かんだバラバラの言葉達を書いている。

 

突然の父の死を目の当たりにし、人間は必ずいつかは死に向かい、終わりを迎える。僕はそれを初めて体験した。それ以来、特別な場所に行くわけでもなく、物珍しい被写体を撮るわけでもない。ただ、淡々した日常と毎日見る光景を撮り続ける。そして、それらは太陽の光で満ち溢れていることを知った。光は日々、目にする海を美しく照らし、全ての生命体を暖かく照らす。鳥はダンスのように舞い、全ての命達は力強く生きていて、最後には天に向かう。
 


その果てには何があるのか、
その過程では、どんな世界があるのか。


"10cmの世界"


 

自分とは何か、世界とは何か、宇宙とは何か、そして自分とは何か。
生涯撮り続ける終わりのないことが見えてきた気がしている。

 

 

2019年 4月26日 15時8分。

 

 

 

 

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